2017年9月18日のメモ

こういう遅い時間に家を出て電車に乗っている時が一番泣きそうになるんだよな。

 

 

今日は朝起きてから母の顔を見ていない。夕方、母が作り置きしてくれていたご飯を少しだけ食べてそそくさと家を出てきてしまった。

 

家に帰ってきたらご飯を用意してくれる家族がいるのに、わたしのこれはなんだ。一人暮らしをしているあのひとは毎晩毎晩ご飯を作るのを面倒くさがってる。わたしは両親と一緒に住める環境にあるのに、これはなんだ。

 

母のご飯もろくに食べないで、学校もさぼって、遅くなってから飄々と男のところに出かけるわたしと、毎日毎日仕事をして、家族のご飯をしたたむ母。

 

母は今日も一人で家を守ってる。守るという言い方がしっくりくる、母は真面目で清らかで正直な人です。お母さんいつもありがとう、わたし何してるんだろう、なんで上手くできないんだろう、本当はこんなことしたくないとさえ思っている、なんでこんなに、流されていっちゃうんだろう。

 

音楽で売れていなくてごめんなさい、心配ばかりかけてごめんなさい。自分のことは自分で、しっかり守れていなくてごめんなさい。

 

母のことを思うといっぱいいっぱいになって、不甲斐ないわたしは、電車の中で泣くのが止まらない。


 

スマホのメモ帳いっぱいに、こんな日記を発見しました。

たった半年前だけど、生活も心もぐらぐらしていた時、よく電車の中で泣いてた気がする。ああ流される、って本気で思ってた。生活を守りたい死ぬほどピアノを弾いていたい自分のお布団でぐっすり眠りたい自分の足でしっかり立ちたい貯金をしたい早起きしたい。あれもやらなきゃこれもやらなきゃ、あああああ、と思いながら身体は全く別のところにいる、なにこれ、早くやめたい、やめられない。

苦しかった、今思えば馬鹿馬鹿しいくらいのことに振り回されて疲弊した。

 

今はとっても健康です。抗っていたな、過去のわたし。頑張ったね。